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東アジアの領土問題を巡る外交と国際法〜尖閣諸島・竹島・北方領土〜

1. 尖閣諸島・竹島・北方領土の地理的な位置
2. 尖閣諸島中国漁船衝突事件以降の事件の連鎖
3. なぜ領土問題は抗議の応酬が続くの?
4. そもそも領土の保有国はどうやって決まるの?
5. 尖閣諸島・竹島・北方領土の「先占」
6. 太平洋戦争後の講和条約での「割譲」
7. 領土問題を棚上げした現実的外交路線
8. 日米安全保障条約でアメリカは日本に加担するのか?
9. 国際司法裁判所で解決される見込みはあるか?
10. 実効支配は意味があるのか?
11. 「領土問題はない」と言うことに意味はあるのか?
12. なぜ2010年から東アジアの領土問題は熱を帯びたのか?
13. 日本だけが問題の中心なのか?
14. それぞれの国の市民はどう反応しているのか?

2010年9月に起こった尖閣諸島中国漁船衝突事件を機に、東アジアの島嶼部を巡る領土紛争が熱を帯びています。日本国内では、中国での反日デモの様子、韓国大統領の竹島への上陸、ロシア大統領の北方領土への上陸、香港活動家の尖閣諸島への上陸、日本活動家の尖閣諸島への上陸、東京都の尖閣諸島買取、竹島問題の国際司法裁判所への付託など、次々と新たなニュースが報じられています。

日本では、尖閣諸島、竹島、北方領土は日本領であると強く主張されています。また、中国、台湾、韓国、ロシアにはそれぞれの対抗意見があります。また、この問題を国際法の観点から捉えた場合の「正当化論理」も、この問題を理解する上での重要な要素でもあります。さらに、日本以外の国も、東アジア地域で別の領土問題を抱えており、こちらの動きも合わせて理解して行く必要があります。東アジアの安全保障に重要な役割を持つ、アメリカの出方も考慮しなければなりません。このような多角的な視点を通じて、改めて東アジアの領土紛争を捉え直して行きたいと思います。

1. 尖閣諸島・竹島・北方領土の地理的な位置

まず、尖閣諸島・竹島・北方領土の位置関係をおさえておきたいと思います。

尖閣諸島
尖閣諸島は、日本の沖縄県、石垣島および西表島の北に位置しており、日本政府は尖閣諸島は沖縄県石垣市に属していると主張。他に領有権を主張しているのは、中国(中華人民共和国)と台湾(中華民国)。中国は台湾省、台湾は宜蘭県にそれぞれ属すると主張。尖閣諸島は1つの島ではなく、5島3岩礁で構成されています。最大の島は、魚釣島(中国・台湾名は釣魚島)。そのため、尖閣諸島は、中国、台湾では釣魚台列嶼と呼ばれています。1972年の沖縄返還以降、日本政府が実効支配しています。

竹島
竹島は、日本の隠岐諸島の北西に位置しており、竹島の西には韓国領の鬱陵島があります。日本政府は竹島は島根県隠岐の島町に属すると主張。韓国は独島(トクト)と呼び、慶尚北道鬱陵郡に属すると領有権を主張しています。竹島も1つの島ではなく、男島、女島という2つの小島と37の岩礁で構成されています。1953年前後から韓国政府が実効支配しています。

北方領土
北方領土は、日本の北海道の東に位置しており、歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島で構成。日本政府は北方領土は北海道に属すると主張。その北には、ロシア領のウルップ島があり、ロシアは北方領土をサハリン州クリル管区(択捉)、南クリル管区(国後、色丹、歯舞)の管轄下と位置づけています。太平洋戦争終盤からソ連政府、ロシア政府が実効支配しています。

2. 尖閣諸島中国漁船衝突事件以降の事件の連鎖

今日にまで至る東アジアを巡る領土問題の緊張は、2010年9月の尖閣諸島中国漁船衝突事件に端を発しています。その後の流れを時系列で見て行きたいと思います。

尖閣諸島
2010年09月07日 中国漁船が尖閣諸島付近で海上保安庁の巡視船に衝突。同庁は船長を公務執行妨害容疑で逮捕。
2010年09年10日 中国の漁業監視船が尖閣諸島付近を航行。海上保安庁は航空機とヘリコプター、巡視船で警告。
2010年09年13日 台湾の巡防船12隻が抗議船保護の目的で尖閣諸島付近を航行。海上保安庁と対峙。
2010年09月13日 那覇地検石垣支部は、船長以外の船員を帰国させ、漁船を解放。
2010年09月19日 石垣簡易裁判所は、中国人船長の拘置期間を10日間延長
2010年09年19日 中国政府は、報復措置として、「日本との閣僚級の往来を停止」「航空路線増便の交渉中止」
「石炭関係会議の延期」及び「日本への中国人観光団の規模縮小」を決定。
2010年09年20日 中国政府は、在中国トヨタの販売促進費用を賄賂と断定し罰金を科すと決定。
2010年09年21日 中国政府は、日本人大学生の上海万博招致の中止を通達。レアアースの輸出差し止め措置を発動。
2010年09月24日 検察首脳会議が開催され、船長の釈放が決定。那覇地方検察庁は船長を処分保留で釈放。
2010年09月25日 船長は、中国のチャーター機で石垣空港から出国、中国福建省福州の空港へ送還。

北方領土
2010年11月01日 ロシアの国家元首として初めてドミトリー・メドベージェフ大統領が国後島に上陸訪問。
2010年11月02日 前原外務大臣がロシアのベールイ駐日大使を外務省に呼び、強く抗議。

竹島
2011年07年11日 韓国の国会議員が竹島に上陸し、駐屯警備隊を激励。
2011年07月31日 日本の自民党議員と大学教授が竹島調査のため鬱陵島訪問を計画。韓国は空港で入国拒否。

尖閣諸島
2011年07月31日 中国の海洋調査船「北斗」が、尖閣諸島の付近の排他的経済水域内で調査行動。
2011年08月24日 中国の漁業監視船2隻が領海侵犯。佐々江賢一郎外務事務次官は程永華駐日中国大使を呼び抗議。

北方領土
2011年09月11日 パトルシェフ安全保障会議書記が国後島と歯舞群島の水晶島を訪問。

尖閣諸島
2012年01月03日 石垣市議ら4人が漁船で尖閣諸島魚釣島に近づきゴムボートで相次いで上陸。中国政府は抗議。
2012年01月21日 向山好一、新藤義孝衆議院議員と石垣市議ら8人は尖閣諸島付近の海域を漁船で視察。
2012年03月16日 中国国家海洋局所属の船が領海侵犯。
2012年06月09日 衆議院議員6人、石垣市職員1人、東京都議等約120人が尖閣諸島付近の海域を調査。
2012年06月26日 台湾の海岸巡防署の巡視船が大正島の領海を侵犯。

北方領土
2012年07月03日 ロシアのメドベージェフ首相が国後島に上陸訪問。

尖閣諸島
2012年07月04日 世界華人保釣連盟の台湾人活動家を乗せた遊魚船1隻と台湾の海岸巡防署の巡視船4隻が魚釣島の領海を侵犯。
海岸巡防署の巡視船1隻が海上保安庁の巡視船「みずき」と接触。
2012年07月11日 中国の漁業監視船3隻が領海侵犯。
2012年07月12日 中国の漁業監視船1隻が領海侵犯。

竹島
2012年08月10日 李明博大統領が韓国の現職大統領としては初めて竹島に上陸。

尖閣諸島
2012年08月16日 香港の保釣行動委員会らの活動家14名を乗せた抗議船が魚釣島に上陸。警察官と海上保安官が逮捕。
2012年08月17日 逮捕された活動家は不起訴処分で強制送還。
2012年08月19日 日本の地方議員と頑張れ日本のメンバーらの10人が魚釣島に上陸。
2012年09月02日 東京都の調査団が尖閣諸島海域を洋上から調査。

上記のように、今日までの動きを時系列で見ていくと、尖閣諸島、竹島、北方領土の動きは単独の動きというより、中国、台湾、韓国、ロシアが、それぞれお互いの動きや日本の政府を対応を見ながら、全体として連鎖していることがわかります。そのため、領土問題については、日中関係、日韓関係のように個別に考えるのではなく、東アジアの動きを全体としてとらえていくことが重要です。つまり、日中関係の状況は、日韓、日ロ関係にも影響を与えているということです。ところで、なぜ領土問題は加速して熱を帯びやすいのでしょうか。これは領土に関する国際法の法理にその原因を見いだすことができます。

3. なぜ領土問題は抗議の応酬が続くの?

他国の領有権主張に対して、問題の平和的な解決のため、黙ってことが過ぎるのを待とうという考え方もあります。過剰な反発をせず、勝手にさせておけばいいのではないか、後々に冷静に解決すればよいという意見もあります。しかし、相手の行為を見過ごすことは、法的にも大きなリスクを伴います。ある国の領海侵犯や上陸に対して、もう一方の当事国が強い反発を示すという行為は、領土と領土を巡る感情や国の威信を掛けた抵抗というだけでなく、国際法の観点でも重要なことです。国際法には禁反言(エスペットル)の法理というものがあります。「一定地域について一国が実効的先占に至らない程度の占有取得その他の属地的な権能の主張を行った場合に、他国がこれにより権益を害され当然に抗議すべき理由があるにもかかわらず、なんら反応せず黙認していれば、その法的効果を争う可能性を失い、領域権原の原始的取得を容認したことになる」というものです(山本草二『国際法新版』)。わかりやすくいうと、ある国が「ここは自分の領土だ」と主張した場合、他国が抗議したり「いや、ここは自分の領土だ」という行動を取らない場合、相手の領土であると法的に容認することになってしまうのです。実際に、1933年の東部グリーンランド事件、1962年のプレア・ビヘア寺院事件において、国際司法裁判所(または常設国際司法裁判所)は、この禁反言に基づく判決を下しています。さらに、1953年のマンキエ・エクレオ事件において、国際司法裁判所は、当事国のそれぞれ主張する権原の相対的な強さを計ることによって紛争を解決するという手法をとりました(小寺彰他編『講義国際法』)。そのため、相手の行動を黙認せず、それ以上に強く領有権を主張することが国際法的にも求められているのです。

4. そもそも領土の保有国はどうやって決まるの?

それでは、そもそも領土の保有国はどうやって決まるのでしょうか。領有権の主張の仕方については、「歴史的に我が国に属していた。」「最初に我が国の民が発見した。」「和平条約で我が国に属することが決まった。」などいろいろな根拠の言い方があります。しかしながら、領有権の主張の仕方には、国際社会における厳然としたルールがあり、皆、それぞれのそのルールに則って主張をしています。では、あらためて国際法における領土取得権原について見ていきたいと思います。

伝統的に認められていた領土取得権原は以下の6つです。

①先占:従来どの国にも帰属していない「無主地」について国家が領有の意思をもって実行支配を始めること
②割譲:他国領土の一部を双方の合意によって譲り受けること
③併合:他国領土の全部を双方の合意によって譲り受けること
④時効:相手国の黙認のもとで、対象地域を長期間支配すること
⑤添付:土砂の堆積等によって新たな陸地が形成されて領土が増えること
⑥征服:他国領土を武力によって自国領土に編入すること。現代では武力行使禁止原則のもと不可。

この中で、一番重要となるのは先占です。先占は、かつてどこの国にも属していなかった領土「無主地」を早い者勝ちで自国領土にできるというものです。この「先占」については、より細かい要件が国際法で認識されています。領土問題についての重要な判決となっている1928年のパルマス島事件の仲裁判決では、先占はただ単に「発見」しただけではなく、「領土主権の継続的かつ平穏な行使」が重要であると判断されました。つまり、発見しただけでは領有権主張の根拠にはならず、実効的に支配しているということが重要だとされたのです。ここでいう「継続的」とは、主権者として行動する意思と意図、および実際上の何らかの行使又はその表示、の両方を満たさなければいけないと言われています。また、「平穏な」とは第三国が領土主権の主張を承認または黙認していることと解されています(小寺彰『パラダイム国際法』)。この要件に従って、あらためて尖閣諸島、竹島、北方領土の状況を見てみたいと思います。

5. 尖閣諸島・竹島・北方領土の「先占」

尖閣諸島
日本政府は尖閣諸島の先占を主張しています。その根拠として日本政府は、「明治18年(1885年)以降沖縄県当局を通ずる等の方法により再三に渡り現地調査を行い、これらの島々が単に無人島であるだけでなく、清国を含むどの国の支配も及んでいないことを慎重に確認した上で、沖縄県編入を行い」を挙げています(外務省「尖閣諸島に関するQ&A」)。しかしながら、中国政府は、16世紀の文献の中で、すでに尖閣諸島(釣魚島)は中国の版図の中に入っている(継続的かつ平穏に支配している)と主張しています。元外務省国際情報局長の孫崎享氏は著書の中で、歴史文献は、尖閣諸島は中国に属していたことを示していると述べています(孫崎享『日本の国境問題ー尖閣・竹島・北方領土』)。

竹島
日本政府は竹島の先占を主張しています。その根拠として日本政府は、「1905(明治38)年1月、閣議決定によって同島を『隠岐島司ノ所管』と定めるとともに、『竹島』と命名し、この旨を内務大臣から島根県知事に伝えました。この閣議決定により、我が国は竹島を領有する意思を再確認しました。」を挙げています(外務省「竹島問題」)。一方、韓国政府は、それ以前から韓国の文献の中で、韓国政府が竹島を実行支配していた証拠があるという主張をしています。ですが、その文献の中に登場する島が、本当に竹島を指すか否かについて大きな疑念が持たれています。

北方領土
日本政府は北方領土の先占を主張しています。その根拠として日本政府は、「日本は、ロシアに先んじて北方領土を発見・調査し、遅くとも19世紀初めには四島の実効的支配を確立しました。19世紀前半には、ロシア側も自国領土の南限をウルップ島(択捉島のすぐ北にある島)と認識していました。日露両国は、1855年、日魯通好条約において、当時自然に成立していた択捉島とウルップ島の間の両国国境をそのまま確認しました。」を挙げています(外務省「北方領土問題の経緯)。一方、ロシア政府は、この北方領土の先占を主張してはいません。

このように、日本政府は尖閣諸島、竹島、北方領土の先占を主張しています。国際法の中で「先占」は大きな意味を持ちます。そのため、通常であれば、尖閣諸島・竹島・北方領土の領土問題に着いては、誰が先占したのか、を見ていけば解決しそうなものです。しかし、問題をさらに複雑にしているのが、太平洋戦争後の講和条約での取り決めです。では、次に、太平洋戦争後の講和条約で何が決まったのかを見て行きましょう。

6. 太平洋戦争後の講和条約での「割譲」

太平洋戦争後に日本政府は、当時実行支配していた多くの領土を放棄しました。そのため、尖閣諸島、竹島、北方領土が、この放棄した領土の中に含まれるのか否かが「先占」の次に考慮する2つ目の重要なポイントとなります。まず、1952年4月28日に発行したサンフランシスコ平和条約の内容を見てみましょう。

第二章 領域
第二条【領土権の放棄】
(a)日本国は、朝鮮の独立を承認して、斉州島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。
(b)日本国は、台湾及び澎湖諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。
(c)日本国は、千島列島並びに日本国が千九百五年九月五日のポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。
(d)日本国は、国際連盟の委任統治制度に関連するすべての権利、権原及び請求権を放棄し、且つ、以前に日本国の委任統治の下に あつた太平洋の諸島に信託統治制度を及ぼす千九百四十七年四月二日の国際連合安全保障理事会の行動を受諾する。
(e)日本国は、日本国民の活動に由来するか又は他に由来するかを問わず、南極地域のいずれの部分に対する権利若しくは権原又はいずれの部分に関する利益についても、すべての請求権を放棄する。
(f)日本国は、新南諸島及び西沙諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。

すなわち、ここでは、斉州島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮の領有権放棄、台湾及び澎湖諸島の領有権放棄、千島列島と樺太の領有権放棄を述べていますし、日本政府も同意しました。しかし、ここで問題となるのが、①尖閣諸島、竹島、北方領土それぞれについて明確に記載がない、②サンフランシスコ平和条約には中国(中華人民共和国、中華民国双方)、韓国、ロシアは調印していない、という点です。

そのため、太平洋戦争後に、中国、韓国、ロシアの間でどのような取り決めがなされたかを見ていきます。

尖閣諸島
太平洋戦争後の日本と中国(中華民国)の講和条約として、1952年に日華平和条約が締結されました。その中では、

第二条 日本国は、千九百五十一年九月八日にアメリカ合衆国のサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約(以下「サン・フランシスコ条約」という。第二条に基き、台湾及び澎湖諸島並びに新南群島及び西沙群島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄したことが承認される。

と書かれていますが、ここでも尖閣諸島の位置づけは明確ではありません。さらに、1972年に日本と中国(中華人民共和国)との間で締結された日中平和友好条約においては、領土に関する記載は一切ありません。そのため、現在まで、日本政府は「サンフランシスコ平和条約において尖閣諸島は放棄していない」、中国政府および台湾政府は、「サンフランシスコ平和条約および日華平和条約において、日本が放棄した台湾の中に尖閣諸島も含まれている」と、意見が食い違っています。

太平洋戦争後に、尖閣諸島は沖縄県とともにアメリカの施政下に置かれており、尖閣諸島の帰属が日本であるのか、中国であるのかについては明確ではありませんでした。その後、1971年6月17日の沖縄返還協定で、尖閣諸島の施政は、アメリカから日本に移りました。協定直前の6月11日に中華民国(台湾)が尖閣諸島の領有権を主張。同年12月30日に中華人民共和国が尖閣諸島の領有権を主張しました。ちなみに、沖縄返還協定の過程で、アメリカ国務省のマッククラウスキー氏は「沖縄を返還する時、米国は施政権を日本側に返還するが、米国は施政権と主権が別個のものであると考える」と述べ、日本に尖閣諸島の施政権を渡したからといって、アメリカは尖閣諸島の領有権が日本にあると判断したのではなく、あくまで領有権の問題は中国と日本の間で解決するべきものだと言う立場をとっています(孫崎享『日本の国境問題ー尖閣・竹島・北方領土』)。

竹島
太平洋戦争後の日本と韓国の基本条約となった1965年の日韓基本条約では、領土問題には一切触れず、当然竹島についても触れられてはいません。そのため、今日まで、日本政府は「サンフランシスコ平和条約で放棄した領土に竹島は含まれていない」と主張、韓国政府は「独島(竹島)は鬱陵島の属島であり、日本は領有権を放棄した」と主張しています。そのため、サンフランシスコ平和条約までの様々な文書が研究され(ラスク書簡など)、竹島は放棄したのか否かの根拠として、双方が議論を続けています。

北方領土
太平洋戦争後の日本とソ連の講和条約となった1956年の日ソ共同宣言では、領土問題について以下のように触れています。

日本国及びソヴィエト社会主義共和国連邦は、両国間に正常な外交関係が回復された後、平和条約の締結に関する交渉を継続することに同意する。
ソヴィエト社会主義共和国連邦は、日本国の要望にこたえかつ日本国の利益を考慮して、歯舞群島及び色丹島を日本国に引き渡すことに同意する。ただし、これらの諸島は、日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の平和条約が締結された後に現実に引き渡されるものとする。

この中で、歯舞諸島及び色丹島が日本に将来帰属することが決まりましたが、その返還は日ソ間の平和条約締結後に先送りされています。そして、今日まで、日ソ、日ロの平和条約は締結されていません。問題は、日本が現在4島返還を求めているのに対し、ロシアは2島返還しか容認しない姿勢を貫いているためです。そのため、今日、日本政府は「サンフランシスコ平和条約で放棄した千島列島の中に北方領土は含まれていない」と主張し、ロシア政府は「千島列島の中に北方領土は含まれている」と主張しています。

7. 領土問題を棚上げした現実的外交路線

上記のように日本政府は、中国、韓国、ロシアとの国交回復において、領土問題を明確に解決せず、国交回復を急ぐという「棚上げ」を実施してきました。また、それぞれ相手国も「棚上げ」を望んでいました。しかし、この「棚上げ」の事実を政府は公式には表明することができません。なぜならば、禁反言の法理で見てきたように、「棚上げ」とは相手の領有権主張にも考慮をしているとの姿勢を見せることにも繋がり、領有権主張を相対的に弱めることになってしまうためです。そのため、日本、中国、韓国、ロシアは、それぞれ公式には領有権を主張し、実務面では問題が起こらないように平和裏に処理するという行為が実際には続いてきています。その中で生まれたのが、1965年の日韓漁業協定、1975年の日中漁業協定です。領土問題が未解決の中、海域で発生した問題に対した解決の枠組みを取り決めたものです。領有権としてはお互いに主張を譲らない一方で、実務面では漁業協定により、協力して問題解決に当たろうというのが、双方の当事国が見いだした解でした。

8. 日米安全保障条約でアメリカは日本に加担するのか?

アメリカはこのような東アジア領土問題に対し、静観した態度を取っています。これまで、尖閣諸島、竹島、北方領土に絡む領土問題に関し、在日米軍が出動したり、抗議を行ったりしたことはありません。また、アメリカ政府の地名委員会においては、尖閣諸島と竹島の領有権に対し、尖閣諸島(係争中)、竹島(韓国領)というスタンスを取っています(。この地名委員会での表記のされ方に対し、韓国政府は強くアメリカ政府に働きかけをしてきましたが、日本政府はあまり関心を示してはいません(孫崎享『日本の国境問題ー尖閣・竹島・北方領土』)。また、日米安全保障条約の取り極めでは、第5条で「各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動することを宜言する」としており、日本国の施政下にある領域における問題には対処するとしています。したがって、現在、韓国の施政下にある竹島、ロシアの姿勢下にある北方領土については、日米安全保障条約は機能しないと言えます。尖閣諸島については、アメリカ政府高官は「日米安全保障条約は適用される」としていますが、尖閣諸島問題のみでアメリカが中国と交戦するということはあまり考えられないようにも思います。このように、アメリカは必ずしも日本の主張に加担しているとは言えない状況です。

9. 国際司法裁判所で解決される見込みはあるか?

国民感情が大きく絡む領土問題を平和的に解決するというのは理想的な姿ですが、容易にはいきません。国際司法裁判所に問題を付託するには、当事国の同意が必要です。竹島問題について、日本は国際司法裁判所への付託を韓国に呼びかけていますが、韓国は応じない構えです。一方で、尖閣諸島問題に対し、台湾の馬英九総統が国際司法裁判所への付託を検討する発言をしていますが、日本政府は何の反応も示していません。国際司法裁判所という第三者に問題解決を委ねる姿勢は、日本、韓国、中国、台湾、ロシアのいずれにもないようです。

また、日本政府にとっても、国際司法裁判所の判決に委ねた場合、必ずしも勝訴できるとは限りません。先占、太平洋戦争後の割譲を裁判所は十分に検討することとなり、日本政府の思惑とは異なる要素に力点が置かれ、敗訴するということもありえます。国際司法裁判所判決が遵守されない場合、国連安全保障理事会で検討させることになりますが、中国は常任理事国として拒否権を発動できるということにも考慮しなければなりません。

また、国連加盟国ではない台湾が絡む領土問題において、国際司法裁判所を活用することは問題を複雑にする恐れがあります。国際司法裁判所において、台湾政府が当事国となる資格を有するか否かは過去に判断されたケースはなく、仮に付託をするとなると、台湾政府の当事国資格の争点についてもクリアにしなければなりません。今日まで国際法体系の中では、「中国は1つ。政府が2つ。」という立場をとり、複雑な政治問題を辛うじて回避しているため、中華人民共和国政府と中華民国政府を国と国として認めることは、国際司法裁判所としても極力避けたい問題です。

10. 実効支配は意味があるのか?

それでは、領土問題の解決が棚上げされている状況の中で、実効支配するということにはどのような意味があるのでしょうか。領土取得権原において、実効的に支配をしているということは重要であると説明しましたが、相手国も領有権を主張している場合は、実効支配をしているからといって「領土主権の継続的かつ平穏な行使」は認められません。他国が別の主張をしている以上、平穏な行使が存在していないためです。そのため、他国が領有権を主張している段階で、実効支配を続けていも国際法的な意味合いはありません。実務的には、占有海域で、漁業や地下資源採掘をできるという利点もありますが、このように強く領有権を振りかざす場合には、従来の「棚上げ」とは一線を画すこととなり、今回のように他国との関係にまで飛び火していくこととなります。

11. 「領土問題はない」と言うことに意味はあるのか?

日本政府は、尖閣諸島は明らかに日本領であり、中国や台湾の間で領土問題はないという立場をとっています。また、韓国政府は、独島(竹島)は明らかに韓国領であり、日本との間に領土問題はないという立場をとっています。このように、問題そのものの存在を認めないという立場は、一見戦略的に強力にもみえるのですが、国際法としてはどのような意味があるのでしょうか。これについて、国際司法裁判所は、1950年のブルガリア等との講和条約の解釈に関する勧告的意見の中で、国際紛争の存在は客観的に決定すべき事項であり、紛争の存在を単に否定することによって紛争の不存在が証明されたことにはならないと判示しています(小寺彰他編『講義国際法』)。そのため、領土問題はないということは、領土問題解決の場を持たないという外交上の姿勢を示すことにはなりますが、領有権の主張を強化することには繋がらないと解されています。

12. なぜ2010年から東アジアの領土問題は熱を帯びたのか?

事の発端は、尖閣諸島中国漁船衝突事件ですが、この背景には、中国の政治力台頭だけでなく、民主党政権による対米関係の冷え込みにも原因がありそうです。鳩山政権時に、沖縄米軍基地の移転問題で、日米防衛関係を悪化させた民主党政権は、アメリカ政府の政策を「日本軽視、韓国重視」に進めてしまいました。このように、日米関係が冷え込んでいる中で、菅政権は、さらに中国漁船衝突問題に際し、既成事実化していた領土問題の「棚上げ」の産物である日中漁業協定の枠組みを事実上放棄して、「国内法で粛々と処理する」という方策を採用しました。戦後の自民党政権で既成事実化し安定を図ってきた「棚上げ路線」に対し、民主党政権は表向きの「我々の領土路線」に転換し、その結果の反動で、北方領土、竹島への問題が飛び火していきました。この事態に際し、アメリカからは日本に加担する動きはなく、他国にとって日本との領土問題の間合いを図る絶好の機会を与えてしまったとも言えます。

13. 日本だけが問題の中心なのか?

ここまで、尖閣諸島、竹島、北方領土という日本を中心とした問題にフォーカスしてきましたが、さらにこの領土問題は、南沙諸島にも飛び火しています。南沙諸島は、中国、台湾、ベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイが領有権を主張し合う複雑な海域です。2012年8月に入り、台湾政府が実効支配している南沙諸島太平島で、軍事演習を企画し、ベトナムとの関係が悪化するなど、領土問題の熱は南下しています。背景には、一方が領有権を主張すると、対抗して他方も領有権を主張しなければならない禁反言の法理と、国内で領土問題が多く報じられることにより活動家の動きが活発になる影響とがあると言えます。

中国と韓国の間にも、蘇岩礁(韓国名:離於島)を巡る領土問題があります。現在では、韓国が実効支配をしていますが、中国は抗議を続けています。

14. それぞれの国の市民はどう反応しているのか?

尖閣諸島の問題で、日本では2012年8月18日の深圳での反日デモの様子が何度も報じられています。しかしながら、現地の情報では、翌日からは市民の生活は普通に戻り、深圳以外の中国の大都市、北京、上海、香港ではいつもと変わらない生活が続いており、中国の市民は非常に冷静に状況を捉えているようです。台湾でも、交流協会の表札がペンキで汚されるという事件もありましたが、こちらもニュースで大々的に取り上げられる事もなく、反日的な動きは皆無のようです。韓国でも、一部の活動家が在ソウル日本大使館前で抗議行動を繰り返しているようですが、多くの市民は「大統領選挙のパフォーマンス」だと認識しているようです。中国や韓国では歴史認識の面で日本とは違う意識を持っていることは事実ですが、今回の領土問題については、今のところテレビで報じられている雰囲気とは異なり、冷静な対応を示しているようです。また、産経ニュースの記事は、中国人が竹島問題をどう捉え、韓国人が尖閣諸島をどう捉えているか、というリサーチで、竹島は日本領であると主張する中国人が多く、尖閣諸島は日本領だと主張する韓国人が多いことを報道しています。中国人と韓国人は対日共同戦線を取っているという感じではなく、むしろ中韓関係の方が悪化しているとも言えそうです。

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